子が生まれて今までの生活が一変しました。

不食を目指したり、半袖健康法やったり、植物を育てたりする時間や体力、必要な機能を子に注いでいる感じです。

そしていつまでもこの授乳や夜泣きに対応しなきゃいけないのかと先が思いやられていた今日この頃。何となく今まで撮った子の写真を見ているとふと気付きました。

最近遂に新生児期を脱したのですが、生まれた頃の写真を見ているとこんなに小さかったのか!とびっくり。

そもそも早い子だと6ヶ月くらいで卒乳する子もいるとのこと。もしそうだとしたら授乳するという、人生でそうそうない機会がたったの6ヶ月で終わるかもしれない。それを早く減らしたいだとか思うこと自体何だか悪あがきだし、今に生きてないなと思いました。

ああ、誰がなんと言おうと平等に時は流れるし、子も大きくなっていくのだなぁと実感しました。

そしてもう1つのエピソード。

子に大声で顔を真っ赤にして泣かれると、もうこっちもあぁどうしようという氣持ちになるのですが、夫が一言こう言ったのです。「こんなに真っ赤になって、めちゃくちゃ可愛いじゃないか」

確かに!可愛いのです。

それでハッとしました。

まず、いつか誰かが「旦那さんがいて話すだけでも子供にとってよい影響になりますよ」と言っていました。私は「夫と話すことは大人同士の会話を聞かせるということで子はわかってないように見えてもそこで学習するのですか?」と聞き直すと「いえ、奥さんのストレスがふっと抜けてそれが子にとっていい影響になるのですよ」と言われてあまり腑に落ちなかったのですが、こういうことだったんだ!!と実感しました。周りの方の意見もハマるときはピタッとハマります。(腑に落ちてくるということです)

これをリフレーミングというのでしょう!

以下ウィキさんからの情報です。

リフレーミング(reframing)とは、ある枠組み(フレーム)で捉えられている物事を枠組みをはずして、違う枠組みで見ることを指す。元々は家族療法の用語。 西尾和美「リフレーム 一瞬で変化を起こすカウンセリングの技術」によると、「リフレームの目的は、今までの考えとは違った角度からアプローチしたり、視点を変えたり、焦点をずらしたり、解釈を変えたりと、誰もが潜在的に持っている能力を使って、意図的に自分や相手の生き方を健全なものにし、ポジティブなものにしていくことです」』

そうです。

子が大声で真っ赤にして泣くことは私にとって混乱の元であり、感情をかき乱されることであり、時に無力感、怒り、悲しみ、罪悪感などを引き起こしました。可愛いという視点はなかったのです。

しかし夫がその視点を導入してくれました。

確かに可愛いのです。でも言われないとそこに辿り着けなかった。何とありがたいことか!

それを聞いた後、泣いていても少し余裕を持って可愛いなぁと思える時も増えました。

夫に感謝です。

最初に書いた授乳、夜泣き問題も同様です。

睡眠不足になって嫌だな、しんどいな、手間だな、疲れるなという思いから、

いつか終わること、しかも結構早く終わるかもしれない、貴重な体験であること、振り返るともう少し丁寧にその時を堪能すればよかったという反省(新生児期の時を振り返って既にそう思ってます)などの視点が写真を見ることによって生まれてきました。

こうやってリフレーミングを体験すること、また1つ明日の臨床の糧となっていくことでしょう。

この表情が何とも言えず好きで、撮れる時はできるだけ撮ろうと思っています。新生児期から比べてこの表情の回数も減っているのでいずれしなくなるんだと思います。

ああ、無常。

それもまた過ぎ去る。

今を満喫していきたいと思います。

関連記事はこちら